vol.790 神聖さと穢れの違い
2026-03-12
・新井宏史さんからのお便り①
・神聖さという目標
・神聖さと汚れ
・うんこは汚くない?
・長浜の産業発展
・公害による川の汚染
・因幡の白兎
・葦の塗り薬
・葦の浄化作用
本日の動画の内容
1.神聖さとは何か
神聖とは「尊く侵しがたいもの」「清浄で穢れのない状態」を指す
そして「穢れ」の一例として物そのものではなく人のエゴが作り出す認識が挙げられる
2.穢れを生み出すものはエゴ
例えば排泄物なども 本来は自然の一部であり穢れではない
汚いと感じるのはエゴの判断である
子どもの頃はその感覚が薄く物事を純粋に受け取っていた
3.子どもの感覚と自然の世界
幼い頃 琵琶湖の湖畔で遊んでいた記憶では自然はとても透明で生き物も豊富だった
メダカやゲンゴロウ カエルやオタマジャクシが普通にいた
4.産業化と自然の汚れ
しかし工場が増え 産業廃棄物が流れるようになると 川や湖は次第に濁っていった
葦といった植物は本来水を浄化する役割を持っていたが、それでも環境の変化は避けられなかった
2026年1月31日
新井宏史さんからのお便り(原文)
目風様 古川様 宇宙全史スタッフの皆様
いつもこちら学ばせていただきありがとうございます。
個人相談の内容を何回か読んでいてわからない部分があります。
天命を全うするための具体的な指針で、「日々の創作や作業の中に、わずかな神聖さを見出すこと」を目標にしてください。
と書かれておられるのですが「わずかな神聖さを見出す」とどういうことなのか分かりません。
神聖を調べたら
しん-せい【神聖】
[名・形動)尊くておかしがたいこと。
清浄でけがれがないこと。
特に、宗教・信仰の対象などとして、
日常の事柄や事物とは区別して扱われるべき
特別の尊い価値をもっていること。
また、そのさま。
と上記の様な内容がありました。
神聖の意味を調べ考えてもやはりよくわからないのでお教え願えないでしょう。
お忙しい中申し訳ありませんがお答えいただければ幸いです。
よろしくお願い致します。
はいおはようございます。
お便りは 新井宏史さんですね、1月31日に来ています。
ご質問がありますね。
神聖さ。日々の創作作業の中にわずかな神聖さを見出すことを目標にしてくださいとお達しがあったんですね。
で、その神聖さがわからないと。わずかな神聖さを見出すというのがどういうことなのかわからない。そうなのか。
で、神聖を調べたんですね、お調べになったと。
「尊くて侵しがたいこと、清浄で穢れがないこと」
その通りですよ、本当に。
で・・・清浄ってのはまあなんつうの?清潔なこと?
で穢れってのは。穢れってなんだろう?
穢れってのはもうエゴの事だよね、はっきり言って。他にないね穢れたものってのは。
うんこだって別に穢れてはいないし。
うんこを穢れたものと思うのはエゴが思ってるんですね。だから穢れってエゴなんですよ。
分かるかな? うーん。
汚いとか嫌だとか思わなければそれは汚くもなんともないわけで。
本当の子供の頃ってのは、皆様ね。あれだよ?
汚い、古川君の記憶では汚いと思ってなかったよね、本当に。
ああ……以前なんか ここで言ったらしいんだけども、まあ本当に。
子供、古川君の子供の頃ってのはほら琵琶湖の湖畔、湖岸で毎日遊んでたわけですよ。で本当の大昔ってのは割と綺麗だったわけ。彼が3歳からまあ5歳〜6歳ぐらいまで、5歳ぐらいまでかな。
そっからね、産業革命でもないけども割とこう、滋賀県の長浜でも徐々にその、産業が。元からあったんだけども段々拡大してきて。例えばそのカネボウとかですねヤンマーとかですね。あといろんなヘルプ工場とか。
ヘルプってのはなんだろう?なに?
あああのスポンジだね。あの・・・ なんだっけ?スリッパとかのあれに使うスポンジとか。そういう色んな工場がチョコチョコ出来てきて。
で産業廃棄物っていうかを流すわけですよ。
だから古川くんの家ってのはもうすぐ脇に川が流れてて、結構まあまあそこそこ中規模の川ですよね。小川じゃない川。
最初は綺麗だったんですよ。やっぱ ゲンゴロウとかメダカとかいたんだけど、だんだんそういうのがいなくなって、カエルもいなくなって。オタマジャクシもいたんですけどね。
だからやっぱあの公害ですよね、公害の走りです。
で汚い水になって、その最初頃は綺麗だったんだけどね、透明で底が見えたんだけど、川底が見えたんだけども。それが見えなくなったと言っております、古川君はね。
で湖岸もだんだん汚くなってヘドロのがみたいのが溜まってきたりとかして。
ヨシっていうか アシ(葦)っていうかそういうあの・・・草でもないよね。
なんだろう? あれは、竹の一種なのかな?
ヨシ、ヨシが生えてて。アシという人もいるけどね。
{*葦(あし/よし)は、イネ科の多年草で日本では「アシ」と「ヨシ」の2つの呼び方があります もともとは「アシ」と呼ばれていましたが、「悪し(あし)」に通じる忌み言葉(縁起が悪い)とされることから、吉の「ヨシ」と言い換えられて定着したと言われています}
あの・・・日本書紀か何かで因幡の、因幡の 白兎?
ワニを騙してどっか渡ろうとして、途中で馬鹿だからなんかやーい騙された とか言って。ワニってあのサメの事だよね、きっとね。
で向こうの島に渡りたいけど渡れないんで、なんか騙してサメをこう順番に並ばせて、ピョンピョンピョンと行ってって。途中でもう渡れるなと思った時にやーい騙された、本当は違うんだよ
とかなんか言った時に、サメが怒って。そのウサギを丸裸ってか 毛を全部抜いちゃったと。
でシクシク泣いてたら誰だろうね? なんか偉いさんが来て
{*大国主命(おおくにぬしのみこと)}
こうしたら治るよって治してくれたんだよね。
その時に確かアシか何かヨシかアシの何かでこう塗って
治したんじゃなかったかね?
(*葦ではなく、蒲(がま)の穂でした)
だから昔からももちろんあって
あのほら田舎行くと あるじゃないですか?屋根がこう藁ぶき屋根ってあるでしょ?
あれ全部アシかヨシなんですよね。
あ、もう時間なの?
でね そういうふうに昔の長浜のその琵琶湖のほとりはですね、ヨシがあって 割とこう浄化作用があったんですよ。ヨシってのは。
アシか アシって言ってたかな?当時は。アシだね アシだね 長浜では。
(*長浜ではヨシといっていました)
アシはね 浄化作用があったの
あの あれと一緒に
この続きはちょっと時間きちゃったから、次回やりましょうかね はい
あとがき
「神聖さ」を理解するヒントは
特別な宗教的体験の中にあるわけではない
汚れのなさとには子どもの頃のように
物事をそのまま受け取る感覚に近いのかもしれない
エゴは物事を
「汚い」「嫌だ」「価値がある」「価値がない」と
ジャッジし続ける
しかしその判断が薄くなったとき
世界はただ存在しているものとして立ち現れる
創作や作業の中に神聖さを
見出すということは大きな悟りを
求めることではなく
そうしたエゴの判断が少し静まり
目の前の行為や現象を
そのまま見つめられる瞬間を
見つけることなのかもしれない
vol.791 浄化システムが崩れる時